【要約・考察】小説『君が手にするはずだった黄金について』

小説『君が手にするはずだった黄金について』
著:小川 哲

「俺をみてくれ!」と言いたげな人が多くいることを私たちはSNSで知っている。そして、そんな人々の滑稽ともいえる行動に笑いそうになる経験があるのなら、私は本書を勧めたい

主人公は本書の作者を彷彿とさせるような人物。冒頭では大学生だった彼は物語の進行とともに年を重ね、小説家となり、様々な人と出会う。作家志望の女性、資産運用のプロとして有名になった旧友、著名な漫画家。一見すると共通点のない人たちだが、一点だけ「承認」を欲しているという点では同じだ。そんな彼らが物語のなかでどのような結末を迎えるのかは本書で確認してほしい。

だが本書の魅力は別にあると敢えて言いたい。それは主人公自身がそのような「承認」を欲する人物では全くないということ。主人公の言葉を借りれば彼自身は「小説の主人公にするには面白みに欠ける人間」なのだ。そしてここに本書の「仕掛け」がある

たしかに「承認」のための奔走する人々をみて読者はある種の「愚かさ」を感じるかもしれない。けれど作家である主人公は言う。「小説を書くためには(…)人間としての欠損——ある種の「愚かさ」が必要になる」。もし主人公の立ち振る舞いに近しいものを読者が感じるのであれば、どうして「承認」を求めて奔走する人を「愚かだ」と笑うことができるのだろうか。本書は自身が持っている「愚かさ」を確かめるための装置だといえるだろう。