【歌詞考察】THEE MICHELLE GUN ELEPHANT『世界の終わり』の歌詞
「悪いのは全部君だと思ってた くるってるのはあんたなんだって」。これほど引き込まれる歌詞を私は知らない。ここで紹介するTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの『世界の終わり』を知らない人も多いと思う。もしかしたらボーカルである「チバユウスケ」の名前であれば聞いたことある人もいるのではないか。23年の紅白歌合戦では、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のエンディングテーマ『第ゼロ感』の演奏中、チバの名前が叫ばれたことや、そのチバ自身が23年11月に亡くなったことがニュースになったためだ。ただ、そのような経緯でチバのことを知った人にはぜひ、下部リンクから『世界の終わり』を聞いてほしい。
本曲の販売は1996年。このことについて一つだけ妙な質問をさせてもらえれば、本論を読んでいる方はこの時期についてどういう印象を抱いているだろうかと訊きたい。震災や少年犯罪、ノストラダムスの大予言など何かが「終わる」という気配が迫りくる一方でインターネットの広がりなど「始まり」の予感もあった。それらを一言でいえば「混沌」だったと私は思う。そんな滅茶苦茶だった雰囲気を『世界の終わり』は思い出させてくれる。「崩れてゆくのがわかってたんだろ どこか変だなと思ってたんだろ」と続く本曲には「くるってる」と認めそうになる自分がいる一方で「世界の終わりはそこで待ってると思い出したように」笑い出す「君」も登場する。これを「混沌」と言わずになんと言おう。
タバコはそこら中で喫煙でき、街は今ほど綺麗ではなかった。人だって粗暴な人もたくさんいた。バブル経済も弾け、ライフコースは木っ端みじんに吹き飛んだ。それでも個人的にはこの90年代という時期が好きだった。「始まり」と「終わり」が同居しているせいで自分か世界が一変するような「何か」があると思えたからだ。滅茶苦茶だったというのは「なんでもあり」だったともいえる。だから「何か」を信じることができたのだろう。そういう「自由」は、令和の今もどこかで息をしているだろうか。そんなことを思わずにはいられない。