【要約・書評】『職場を腐らせる人たち』「ハラスメント」への処方箋。社会人、必読の書!
「ハラスメント」が横行する昨今、私たちに必要なことは沢山の事例を知ることと個人単位でできる対処法を学ぶことだ。そんな要望に応えるのが精神科医・片田珠美『職場を腐らせる人たち』である。ここでは本書の要約と、この本の分析の限界点について考察していきたい。
『職場を腐らせる人たち』要約
『職場を腐らせる人たち』は大きく三つに分けることができる。第一章は著者自身の診察から「腐らせる人たち」の具体例を列挙していく。第二章はなぜ「腐らせる人たち」が出現してしまうのか、という原因について考察する。最後の三章が、そういった人々への対処法である。
本書で示されている「腐らせる人たち」による「ハラスメント」や困った行動は実に多様だ。目標必達のために無茶苦茶な根性論を持ち込む上司、部下に責任転嫁する人はもちろんのこと、若手社員や女性社員によるものも紹介されている。例えば「言われたことしかしない若手社員」だ。「大量の仕事を抱えた同僚が忙しそうにしていて困っていても、手伝おうとしない。上司が手伝うように促しても、「僕の仕事ではありませんから」と言って、協力しない」。なかなかの肝のすわり具合だと驚いてしまうのは私だけではないはずだ。ほかにも「陰で足を引っ張る人」として先輩社員を陥れた後輩女性社員の例もある。「おそらく、後輩は「憧れ」の先輩に取って代わるために、自分が聞いた愚痴や上司に対する不満を多少ふくらませて当の上司の耳にいれていたのだろう。このように、他人から聞いた話に尾ひれをつけて吹聴し、ターゲットを引きずりおろすことによって、自分がのし上がろうとする人間はどこにでもいる」。『職場を腐らせる人たち』は約一八〇ページの本だが、このような事例集は約一三〇ページある。事例が豊富なだけに「自分の職場のことだ!」と思う人は多いと思う。そして、「腐らせる人たち」への「辛辣な見方をすれば、自信がないからこそ、自己保身のために相手によって態度をかえる」という痛烈な意見は読者に「「腐らせる人たち」へ屈することはない」という熱いエールにもなっている。
第二章は「腐らせる人たち」の特徴と発生原因だ。特徴は次のようになっている。「①たいてい自己保身がからんでいる②根底に喪失不安が潜んでいる③合理的思考ではなく感情に突き動かされている④自分が悪いと思わない」。そして発生原因となる構造については「①平等幻想②渦巻く不満と怒り③「自己愛過剰社会」」と述べる。特に②については「その背景には、わが国が「貧乏国」になったことがあるように見える」というふうに社会構造にも切り込む。詳細な分析はぜひ本書を手に取ってほしい。
第三章はおまちかね、「腐らせる人たち」への対処法だ。そのために同章では、ターゲットにされやすい人の特徴をあげる。新しい環境に飛び込む人やまさに自分がターゲットにされているかも、と疑念を抱いている方は必読だろう。この確認のあとが対処法の紹介だ。筆者が「これはいい方法だ!」と思ったのが「「部分交渉」から始めよう」だ。「上司から過大なノルマを押しつけられそうな場合も、「そこまでの数字は無理ですが、ここまでならやれるかもしれません」「一人では無理ですが、誰か手伝ってくれるのならやってみます」といった言い方で「部分交渉」する」。そう、本書の魅力は紹介されている対処法に専門知識が要らないことだ。「腐らせる人たち」への対処法の汎用性には、驚かされる。この汎用性があるからこそ本論のタイトルを「社会人、必読の書」としたぐらいだ。ほかの対処法は本書に譲ろう。
『職場を腐らせる人たち』の死角と推薦図書
以下の記載は、「腐らせる人たち」への対処法を伝えるという本書の意図から逸脱した内容となっているだろう。人によっては「いちゃもんじゃないか」と捉えられてしまうかもしれない。しかし「腐らせる人たち」が発生する原因について別の角度から知りたいと思っている方々を想定して書くことにする。
指摘しなければならない点は二つある。まずは「腐らせる人たち」が発生するメカニズムの一つに「わが国が「貧乏国」になったことがあるように見える」としている点だ。ハラスメントや同じ職場の人たちの困った行動自体は「「貧乏国」になった」時代より以前からあるのではないだろうか(筆者もそれは承知しているのだろう。だからこそ「あるように見える」とし断言はしていない)。これについては大規模な統計調査が必要である上に、人々の「ハラスメント」への意識も関係する問題となってくる。そうなると精神科医ではなく、社会学者や経営学者の領分になってくる。
もう一つが「わが国が「貧乏国」になった」とあるが、他国ではどうだろうかという問題だ。日本のように経済的な長期停滞が進んでいる先進国の状況が、本書のみでは見えてこない。「先進国」ではないにせよ「貧乏国」に当てはまってしまうような国の労働環境はどのようなものとなっているのか。そして、他国の「対処法」はどのようになっているのだろう、と気になるところではある。
繰り返しになるが、これらの指摘は『職場を腐らせる人たち』という本のコンセプトからは外れているため、的外れな批評となっていることは筆者も重々承知している。そのうえで、先述した点について、ここでは参考となる本をいくつか挙げてみよう。一つが当サイトでも紹介した熊沢誠『能力主義と企業社会』、専門的だが同著者の『過労死・過労自殺の現代史』、もしくは高橋伸夫『虚妄の成果主義』だ。一部絶版となっているため、図書館などに行って読んでみてほしい。他にもアメリカとスウェーデンとの労働環境の比較がされている筒井淳也『仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』、日本の労働環境を包括的に知りたい人には濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』を勧めたい。
職場や仕事に関する問題は、多くの人にとって「身に覚えのある話」であるために議論が混乱しやすい。だからこそ『職場を腐らせる人たち』のような実践知と上述した本による理論武装が必要なのだと私は思う。今日より健やかな明日のために、これらの本は多くの人に読んでもらいたい。
※※上述したように当サイトでは『能力主義と企業社会』の書評も公開している。ぜひ、そちらものぞいてほしい。※※