【要約・感想】『メンタル脳』「やりすぎ」な脳との幸福な付き合い方

【要約・感想】『メンタル脳』「やりすぎ」な脳との幸福な付き合い方

不安という感情や記憶、あるいはそもそも心というものが、なんのために存在するのか。そんな考えたことないような疑問に「脳」の仕組みという視点から答え、それを踏まえた上で良質なライフハックを私たちに提供してくれるのがアンデシュ・ハンセン『メンタル脳』だ。十代向けに書かれたという本書の構成は実にシンプルであり、内容としても二十代、三十代、あるいはそれ以上の年代にも興味深く読めるものとなっている。冒頭で脳の存在理由を説明したあと、そこからさらに「感情」「不安」「記憶」が存在する目的を一章ごとに丁寧に解説する。本書の後半は、脳とのうまい付き合い方の案内書だ。「運動」「SNS」「幸福」という観点から「うまい付き合い方」を紹介してくれる。本論では、筆者が特に面白いと感じた点を二つ紹介し、最後には本書の発展となる本を紹介したい。

「つわり」と「運動」を脳から分析する

本書は脳という器官を「命が最優先」とする特徴があるとし、次のように説明する。「つまり私たちの身体や脳は生きのびて子孫を残すために進化したのです。気分よく幸せに暮らすためではありません。そうだったらよかったのですが、何より命が優先です。死んでしまったら元も子もないのですから、脳にとってはそのような優先順位になります」。この観点から「つわり」を説明する部分が本書にはあるのだが「なるほど!」と素直に思ってしまった。まず「妊婦の多くが特に妊娠初期、吐き気を催します。妊娠中は大量のエネルギーを必要としているのに、吐いてしまうなんて不思議です」と問題提起する。この点にハンセンは答える。「妊娠初期は胎児の器官がつくられる時期で、食中毒になったりしたら大変です。何を口に入れるか、普段以上に用心深くなる方が防御メカニズムとしては上なのです。脳は感情を使ってその人の行動をコントロールしますが、ここでは「吐き気」を使います」。なるほど「つわり」も、脳が「命を最優先する」ということを踏まえれば「吐いてしまうなんて不思議」ということにも納得のいく答えが得られる。ちょっとでも違和感を覚えれば吐くように、命を守るため脳が準備しているのだ。さらに別のトピックでもう一つ。筆者は「運動」がメンタルによい影響を与えるという言説について半信半疑だった。たしかに運動をしたあと気分はスッキリするものの、それはあくまで経験則であり、一時的な気分転換にすぎない。「よい影響がありそうな気がする」程度のものじゃないのか、とも思っていた。要するに納得のいく説明が欲しかったのだ。そこで本論では、本書に載っている、運動がメンタルによい影響を与えることの説明の一部を載せたい。本書のなかで「運動がメンタルによい影響を与える」ことの実例として挙げているのがパニック発作だ。著者は「心拍数が上がったり息が上がったりした状態を脳が「危険にさらされている」と誤解し、負のサイクルに陥った結果パニックがひどくなる」とし、そのあとすぐに「しかし身体を鍛えると、「心拍数が上昇するのは身体に良いことだ」と脳に学ばせて負のサイクルから脱することができます」。ここで重要になってくるのは「「心拍数が上昇するのは身体に良いことだ」と脳に学ばせて」という部分だろう。私たちは緊張や不安にさらされると心拍数があがり、呼吸が早くなる。仕事であれ、学業における試験であれ、その結果として充分なパフォーマンスを発揮できない可能性が高まってしまう。しかし『メンタル脳』に書かれているとおり、心拍数の上昇が良いことだと脳が学んでくれれば、自分の力を発揮できる可能性が高まる。「運動はメンタルによい」ことへの疑念は解消される納得の説明だと思ったのだが、いかがだろうか。おそらく、多くの人にとっては、「運動」のあとに書かれている「なぜ孤独とSNSがメンタルを下げるのか」という章のほうが興味深く読めると思うが、やはりこういう楽しみは、ぜひ本書を手に取って確かめてもらうのが一番よいだろう。

脳との幸福な付き合い方

以上が本書を読んで、私が特に興味深く思えた部分だ。ところで『メンタル脳』の冒頭にはアンデシュ・ハンセン自身の願いが二つ書かれている。一つが本書を通じて「成績のためだけでなく、メンタルも元気でいられる」ようになること。そしてもう一つが「多くの若者が自分の脳について学んでくれること」だ。前者について本論が提供できることは少ない。しいて言うならば、見どころや面白さをこうして書くことぐらいだ。だが後者については『意識と自己』という本を勧めることができる(本サイトでも紹介している)。「世界的脳神経学者の名著」と言われていることからわかるように、かなり歯ごたえがある本なので、ぜひチャレンジしてみてほしい。