【歌詞考察】サカナクション『怪獣』
―それでも叫んだあなたのために―

叫びは届かなくても、声にはなる
あなたがサカナクション『怪獣』に惹かれるのは、それがただの哲学的言語遊戯ではなく、説明できなかった孤独に名前を与えるような歌だからではないだろうか。
この歌は語らない。むしろ、語りたくなかったことの輪郭を、そっと撫でていく。言葉の内側に沈んだ「秘密」や「知識」は、誰にも渡されることなく、ただ“夜の怪獣”としてそこに残る。
それは悲しみでも怒りでもない。伝えられなかった感情たちが、何かを言いたがっているという気配だけが、残っている。
あなたがこの曲に静かに共鳴したのは、自分の中にも、誰にも知られなかった“あの夜”があったからかもしれない。それは他人には笑われてしまうほど小さく、本人には引き裂かれるほど切実だった何か──。
「この世界は好都合に未完成」と語るその声に、あなたはきっと少しだけ安心する。不完全なままで、それでも何かを知りたいと思い続けること。それこそが、夜に壊れないで立ち続ける方法なのだと、この曲は教えてくれる。
未完成のまま語る、それでも知りたい私へ
未完成という肯定、壊れたままの言葉たち
『怪獣』の歌詞は、明確な物語構造を拒むように、知覚・記憶・感情が時間軸を逸脱して並置されていく。「叫ぶ」「知る」「散る」「進む」といった動詞は、時制や主語を曖昧にしながら、語り手の内面で起こっている感情の地層を丁寧に積み上げていく。
特徴的なのは、「知識」「秘密」「未来」「過去」など、語られる対象がすべて“輪郭を与えることが難しいもの”であることだ。しかし、それらは否定されるのではなく、むしろ曖昧なままで受容されている。「この世界は好都合に未完成」というフレーズは、構造そのものが未完成であることを肯定する姿勢を示しており、語り手は“意味の確定”を求めず、“曖昧さをそのまま抱えて生きる”という選択をとっている。
秘密でも知識でもない、あなたという声
“怪獣”は、明らかに語り手のメタファー化された自己像である。ここで「叫ぶ」ことは、何かを伝えるためではない。むしろ、伝わらないことが前提の声だ。それでも叫ぶのは、「消えてしまいたくない」という衝動であり、怪獣とは、自分自身の“壊れた言葉”の総体だとも言える。
「君に話しておきたいんだよ/この知識を」という語りは、知識というよりも「知りたいと願っていた自分」の痕跡を伝えようとしているように聞こえる。それは自己保存ではなく、自己確認に近い。
意味の飽和と、意味の欠落を生きる時代に
2025年。意味が溢れすぎた世界で、私たちはむしろ“意味の空白”を求めている。SNSはすべてを可視化し、答えを即座に与える。けれど、そこには「黙っていたかった気持ち」や「言葉にしたくなかった夜」が存在しない。
『怪獣』の語り手は、それら“語られなかったものたち”の代表である。彼/彼女は、あえて明示しない。説明しない。代わりに、「叫ぶ」という行為を通して、“不定形のまま伝えること”を選んでいる。
この態度は、現代的な“共感”や“わかりやすさ”への抗議でもある。「知る」と「溢れる」が隣り合う構文の中で、語り手は明らかに“知った瞬間、傷つく”という経験を繰り返している。これは情報化された社会が与える自己損耗と、静かなレジスタンスである。
それでも叫んだあなたのために
あなたがこの歌に耳を傾けたのは、もしかしたら自分の中にも、誰にも言えなかった“声にならないもの”があったからかもしれない。それは秘密でもなく、知識でもなく、ずっと抱えてきた「ことばにならなかった感情の堆積」だったのではないだろうか。
『怪獣』は、そのすべてを代わりに叫んでくれる。しかも、叫びが届かなくてもいいとわかった上で。だからこの曲は、「誰にも理解されなかった過去」に声を与えるのではなく、理解されないまま残っていた記憶に、存在を赦すように触れる。
語り手は、壊れてもなお、知りたいと願い、歩きたいと願っている。それは強さではない。むしろ、「未完成のまま進むことしかできなかった」あなたと同じ姿だ。
叫んでも届かない。秘密は誰にも見つからない。それでも、あなたが歩いてきた夜は、たしかにここに刻まれている。この歌は、それを思い出させてくれる。“怪獣になること”を恐れずに、声をあげていいと、言ってくれる。あなたは今でも、その夜の続きを、生きている。