【歌詞考察】七尾旅人『サーカスナイト』の魅力
明日に無責任でありたい夜のための曲
「明日があるから」ということが楽しい時間を切り上げるようになったのはいつからだろう。これが例えば、好きな人と過ごしている時間でも「明日がある」というのが僕たちの至福を強制終了させる。けれど今よりずっと若いときは、そんなことはなかった。僕だけではない。あなたたちだってきっとそうだ。「今日」の幸せと「明日」の憂鬱の間で、僕たちは「今がずっと続けば」と願ったことがあるはず。そんなことを思い出すとき、七尾旅人の『サーカルナイト』を聴くといい。切なくなった心を、この曲は慰めてくれる。そのための歌詞の味わい方を本論では紹介したい。
「今夜のキスで一生分のこと変えてしまいたいよ」という歌詞でこの曲は始まる。この「一生分のこと」に対して「何の」と明記しないところに想像の余白が生まれる。これまでの冴えない思い出なのかもしれないし、「不幸だ」と思っていた自分の半生化もしれない。あるいは未来に対する憂鬱な予感であるかもしれない。「ここは楽園じゃない だけど 描ける限りの 夢の中」というのが、そんな予感を暗示している。そんな予感は時々刻々と強くなる。幸福な「いま・ここ」と迫ってくる未来の「憂鬱」。そんな心境を続く歌詞は描写する。「目の前で 魔法が解けていく 焦る気持ちだけが 言葉をつなげ」る、と。けど、目の前にいる「魔法」のような存在の「誰か」は自分とは違う生き方をしているのだ。「僕は冴えないピエロであなたはFearless Girl」と歌は続いている。「僕」は思うのだ。抱きしめることができそうな距離にいる「誰か」との時間は、もしかしたら、もう二度と訪れないのかもしれない、と。だから「今夜だけ 生き延びたい」とこの曲は繰り返す。
この曲はPVがYouTubeで公開されているので、気になった人は試聴してほしい。『寄り酔い』のコラムでも考察したとおり、このいじらしい気持ちと雰囲気が多くの人の共感を呼ぶのであれば『サーカスナイト』も、そんな曲の1つに数えられるだろう。自分の人生で、一生に一度出会うのかもわからない人と奇跡的に一緒に過ごしながらも、それが長くは続くことはないという予感。「明日がある」という理由で断ち切ることができない「いま・ここ」の永遠を願う若々しい心が、この歌には宿っている。