【歌詞考察】いよわ『きゅうくらりん』
恋か、呪いか。ホントは怖いラブソング

いよわ『きゅうくらりん』といえば、多くの人にカバーされており、そのキュートな歌詞と胸をざわつかせるメロディから、今でも多くの人に聞かれている名曲だ。当然のようにネットにはたくさんの考察が転がっており、そのほとんどが本曲の歌詞から切ない恋心を読み取ったものだ。
しかし、本論ではあえて、その逆の道を行きたい。つまり『きゅうくらりん』を「怖い曲」として歌詞を読み解いてみるのだ。
結論からいえば、上述のように読むと本曲は、いわゆる「ヤンデレ」の女の子の歌になる。どういうことか。さっそくみていこう。
まず前提として『きゅうくらりん』は失恋の曲のように聞こえる。例えば「ひどく優しいあなたの胸で泣けたなら」や「ああ取り繕っていたいな」という部分だ。素直に読めば、本当は愛されたいと願う女の子の気丈なふるまいが浮かんでくるようだ。
しかし、あえて言おう。この曲は、好きな人を殺してしまった女の子の歌ではないだろうか。なぜ、そんな読み方ができるのか。多少強引だが、本曲の冒頭部分の「きっときっと鏡越し」という部分を「反転」のメタファーとしてみたい。『きゅうくらりん』を逆から辿っているのだ。
そうすると本曲は「呪いになっちまうよ」から始まることになる。そして「「あきらめた」って言わなくちゃ」や「空っぽが埋まらないこと/全部ばれてたらどうしよう」「全部無駄になったら愛した罰を受けるから」と続くのだが、ここで想像力を働かせると私には、好きな人を殺害し、その遺体を穴に埋めようとする人物像がみえてくる。
「空っぽが埋まらないこと 全部ばれてたらどうしよう」の部分が、埋めるための穴をあけたものの、中々綺麗に埋まらないこと、「全部ばれてたらどうしよう」が、自身の犯罪がバレることへの恐怖といった具合だ。さらに「全部ムダになったら愛した罰を受けるから」は逮捕されたあとの覚悟を表してはいないだろうか。
そして次の部分は「虹がかかっている空/きれいと思いたくて」となっている。ここについても例えば人が亡くなったことを「虹の橋を渡った」ということがあるのは多くの人が知っているところだろう。そんな虹を「きれいと思いたくて」と表現しているのは、その虹がきれいなものではないと知っているからだ。なぜか。自身が殺め、強引に虹の橋を渡らせたからだろう。さらに、この後に続く「幸せな明日を願うけど/底なしの孤独をどうしよう/もう/うめき声しか出ない」という歌詞については、素直に読んでいいだろう。最初から読めば、失恋しても相手の幸せを祈る繊細な心情描写だが、後ろからの文脈では、犯罪者の苦悩になる。
このような転換は、「例えば今夜眠って」から始まる後続の歌詞にも適応できる。「目覚めたときに/起きる理由がひとつも見つからない」という点については「そうだろう」と言わざるを得ない。恋の相手は存在しないのだから。さらに「うるさく鳴いた文字盤をみてた/一歩一歩あとずさり/「また明日ね」とぽつり/喜びより安堵が先に来ちゃった」も同様だ。自身の行為に対して、精神的に徐々に追い込まれている風に読める。「うつるこまかなヒビがこんなにも恐ろしい」という歌詞にも張りつめている精神の描写がみてとれる。
さて決定的なのは次の部分だ。「ああ化石になっちまうよ/ああ取り繕っていたいな」。「化石」というのは埋めた遺体のこと。「取り繕っていたい」というのは自身の動揺を取り繕うことを指し示しているように読める。そして、この決定的なパートにも「空っぽが埋まらないこと/全部バレてたらどうしよう」とあるのは偶然だろうか。
こうして歌はクラマックス(正しく聞けば冒頭部分に)突入する。注目したいのは二か所。一つは「しらけた顔/変わってなくてよかった」だ。これをどう読むか、ここまで読み進めた諸兄にはわかるだろう。日々を取り繕うために、表情を含む様相が変わっていないことは、疑われないために重要である。だから「よかった」というわけだ。
そして二つ目が「結ばれたつぼみがこんなにも愚かしい」という部分。ここの「愚かしい」をどのように読むかは、人に寄るのだろう。自分の行い自体への後悔か、それとも恋したこと自体への後悔か。読者はどう思うだろうか。
いかがだろうか。やや強引な読みであることは筆者としても認めるところだ。しかし、メロディ自体が不協和音を多用することで、ポップさのなかに不穏な雰囲気をまとっている点も考慮すれば、本曲を単なる恋心の吐露というには気がかりな点が多いことも事実ではないだろうか。