【歌詞考察】挫折P『存在証明』―届かぬ声の祈り―

【歌詞考察】挫折P『存在証明』

―届かぬ声の祈りが、誰かを赦すとき―

存在証明 アイキャッチ

名指されない声のために

あなたが『存在証明』の歌詞に惹かれるのは、語り手の声がどこまでも“届かないこと”を知りながら、それでも差し出されていると気づいてしまったからかもしれない。誰かを救いたくて、ただそばにいたくて、ほんの数センチの距離に心が滲んでいるのに、それを言葉にするにはあまりにも世界が冷たく、慎ましすぎる。

この曲の語り手は「救いたい」と叫んでいるわけではない。むしろ、「自分にはその資格がないかもしれない」と自問しながら、それでも隣にいることを諦めたくないという、不器用で静かな意志を抱えている。「君の隣に居たいだけなんです」というその言葉は、愛の表明であると同時に、“存在を差し出すこと”そのもののように響いている。

『存在証明』の歌詞が優れているのは、その声が「聞こえてほしい」と願っているのではなく、「聞こえなくても構わないけれど、それでも叫ぶ」と決めているところだ。届かないまま、そこにあるという態度そのものが、この曲における“証明”のかたちなのだ。

あなたがこの曲に涙を覚えるのは、「何もできなかった」あなたの過去を、この曲がそっと赦してくれているからではないだろうか。

触れられぬ距離の倫理

『存在証明』の歌詞は、明確な物語の展開をもたない。そこにあるのは、たった一つの情動――「そばにいたい」「救いたい」「届かなくても叫びたい」――が、複数の時間をまたぎながら繰り返される構造である。全体を通して、時間の流れは直線的ではなく、何度も“あの瞬間”に引き戻されるような回帰的な構成を取っている。

「君の横15センチ / 私の限界ライン」という冒頭は、物理的な近さと心理的な遠さのねじれを描き出している。“触れられるはずなのに、触れてはいけない”という禁止の感情は、語り手の倫理的な節度と同時に、祈りに似た誠実さを映している。

「私は君の居場所になれますか」という問いもまた、何かを変えることではなく、「ただ隣に在る」ことの許可を求めているに過ぎない。その姿勢は、沈黙と継続をもってしか表現できない不器用な優しさであり、現代的な実存の一つの形である。

最後に語られる「私はずっと変わらずここで / 君に届くまで叫び続けます」という一節には、決して派手ではないが、沈黙に負けない強さが宿る。「叫び」とは、痛烈な悲鳴ではなく、“届かないと知っても語る”という持続の態度なのだ。

傍観のやさしさと現代の関係

『存在証明』の語り手が見せる姿勢は、SNSや非同期的な人間関係が主流となった現代において、一つの普遍的感情を代弁している。多くの人が、「傷つけたくないから何も言えない」「離れているけれど忘れられない」という矛盾した距離に揺れている。

現代は「有用性」がすべてを測る尺度になりがちな社会だ。「何かができなければ意味がない」「救えなければ傍にいる意味はない」といった新自由主義的な論理が、個々の存在を追い詰めている。しかし『存在証明』は、そこに抗う小さな光を差し込んでいる。

何も変えられなくても、ただ隣にいること。証明できなくても、存在を語ること。 それは無力ではない。むしろ、「無力でも語る」という持続の姿勢にこそ、誰かを救い得る力がある。 『存在証明』は、沈黙を恐れずに寄り添うという形の“強さ”を提示している。

届かなくても、語りつづける

あなたは、きっと誰かの苦しみに気づいてしまった人だ。 そして、それを「救えない」と知ったとき、何も言えず、ただ隣にいることしかできなかった。 『存在証明』の語り手がそうであるように、あなたもまた、何も変えられない無力さと、それでもそばにいたいという願いを同時に抱えていたのではないだろうか。

この曲は、何かを成し遂げる歌ではない。ただ、「ここにいる」「君を見ている」「消えずにいる」ということを、静かに、何度も、言葉にしている。それは証明ではなく、祈りであり、赦しであり、実存の輪郭だ。

あなたがこの歌に涙したとすれば、それは、「何もできなかった自分」への赦しを、この曲がそっと差し出してくれたからだろう。 言葉が届かなくてもいい。沈黙のままでもいい。関係が壊れても、傍にいることはできる。

『存在証明』は、そんなふうにあなたの傷を肯定してくれる。 「役に立てなくても、誰かの隣にいることには意味がある」──この歌の祈りは、あなたの中に、確かに届いているはずだ。

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挫折P『存在証明』

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