【歌詞考察】なきそfeat.歌愛ユキ『ド屑』愛と支配の皮肉な終着点

【歌詞考察】なきそfeat.歌愛ユキ『ド屑』

愛と支配の皮肉な終着点

『ド屑』は、ボカロPなきそが制作した楽曲で、歌手として歌愛ユキがフィーチャリングされている。この曲は2022年3月5日に配信リリースされ、公開から1ヶ月足らずでミュージックビデオの再生回数が100万回を突破するなど、高い人気を誇っていることは数値が示しているとおりだ。

一方で『ド屑』は、一見すると「男に弄ばれた女の復讐劇」にも見えるが、歌詞を丁寧に読解すると、単なる被害者と加害者の構図では捉えきれない深みがある。本論では『ド屑』の歌詞の意味を考察することで、この構図を明らかにしていきたい。

「ド屑」の正体と「従わせるように従わせる」入れ子構造

まず予告しておこう。曲名の『ド屑』は女性を弄ぶ男性ではなく、女性のほうに付けられた呼称だということ

どういうことか。改めて登場人物を整理しよう。登場人物は二人存在する。「望んでいた末路」という表現から、何かを「望んでいた」人物と、その望みの対象となっていた人物という具合だ。ここでは「望んでいた」人物を「女性」、望みの対象となっていたのを「男性」としよう。

さて、冒頭の歌詞を鑑みると、歌詞の繋がりからして、「待ったをかけた」のが女性であり、「ちょっと考えた」様子をみているのが、男性であることがわかる。言い換えれば、冒頭の歌詞「待ったをかけた/ちょっと考えた」から「お望み通りの末路です」という部分までは、男性の視点だと考えられる。

しかし、それ以降の「女性」のパートになってから曲は様子を変えてくる。最も注目すべきは「待ったをかけた/ちょっとためらった(…)なんだかなあ」という部分。これに注釈をつけるとすれば「(私は)待ったをかけた/(そんな私に君は)ちょっとためらった」となり、その「ためらい」に「女性」は「なんだかなあ」と落胆する

問題なのは、なぜ女性が落胆したのか、という点だ。

少し歌詞を遡ろう。冒頭には「馬鹿な女/まんまと引っかかった」とあることから、「男性」は「女性」に対して、自身に強引な形で従わせるような欲望を抱いていたことが推察される。いうなれば従属関係だ。しかし、歌詞にもあるとおり「待ったをかけた」部分で「男性」は「ちょっとためらった」のだ。そのことに女性は落胆した/

女性にとって、この「ためらい」は不要なものだった。ためらわず「支配」されたがっていた。見方を変えれば、女性はただ受動的に従うのではなく、男性が自分を支配するように仕向けることで、結果として従属関係を成立させようとするように仕向けていたわけだ。この構造は、単なる服従ではなく、むしろ自らが意図的に支配を促すことで関係性を操作しようとするということになる。

つまり、女性は男性に対して「従うように従わせたる」という入れ子構造になっているのだ。仮に相手をコントロールしようとする行為を「屑」と呼ぶならば、この場合「屑」なのは、男性ではなく女性ということになる。

だが、ここで二つの疑問が浮かび上がる。「男性」はなぜためらったのか。そして「女性」はなぜ、「従わせるように従わせた」のか。

期待の崩壊と「従え」という命令

なぜ男性はためらったのか。端的に言えば「好きだからこそ支配したくなかった」という葛藤から生じたものだと考えられる。男性はおそらく、女性を大切に思っていた。だからこそ、支配することで関係を築くことに抵抗を感じたのではないかと筆者は思う。ここでの「ためらい」は、恋愛関係における「対等な関係」を求める心情の表れとも読めるからだ。彼は彼女を尊重しており、対等な関係を築きたかったというわけだ。

しかし、女性にとってはその「ためらい」こそが失望の原因となることは繰り返すまでもないだろう。

ではもう一つの疑問を考えてみよう。なぜこの女性は「支配されること」を求めたのか。 いや、実はその答はすでに出ているのかもしれない。そうすることが彼女にとって心地よいのだ。

前述の「従わせるように従わせる」ということを踏まえれば、「まんまと掛かった」ことが彼女にとっても「お望み通り」だったはずだ。言うなればもはや彼女にとっては、(「親」「学校」「会社」「彼氏」でもなんでもいいが)誰かに従う、何かに従わされることが当たり前であり、ある意味で「自分らしさ」なのだ。つまり、彼女は自らの意思で人生を決定することを避け、他者による決定によって自己の位置を確立しようとしたのではないか。支配されることで自己を定義しようとする彼女にとって、男性が「ためらった」ことは、単なる拒絶ではなく、彼女の自己確立の手段を奪うものだったということになる

結果として、彼女の望んでいた「末路」は訪れず、期待は裏切られることとなった。歌詞の終盤で、女性はついに「従え」と命じるからだ。

このセリフには、皮肉と絶望の両方が込められているように思われる。最初は「従わせるように従わせる」という巧妙な手法を用いていた女性だが、最後には直接的な命令に至る。この時点で彼女の目論見、理想としていた構造は破綻したのだ。

だからこそ、この歌は最後にこう締めくくられる。「お願い」と

まとめ

『ド屑』は、一見すると典型的な「女性を弄ぶ男性」の物語に思える。しかし、歌詞を掘り下げてみると、むしろ女性こそが主導権を握り、男性を「従わせるように仕向ける」関係性が描かれていることが見えてくる。

この曲が興味深いのは、恋愛関係における「期待」と「関係」がどのように構築され、どのように崩壊するのかを描いている点である。男性が「ためらった」理由が、単なる弱さではなく「好きだからこそ支配したくなかった」という心理にあると考えれば、この曲の持つ切なさや皮肉がより深く理解できるだろう

さらにいえば「支配と従属の構造」「主体性の放棄と確立」という、より深いテーマが埋め込まれていることは今見てきたとおりだ。このような重厚さと奥行きを考えると、単なる「屑な男」の物語ではなく、「支配されることを望んだ女の物語」として再解釈することができるのではないだろうか