【歌詞考察】稲葉曇『ラグトレイン』言葉を探す各駅停車の旅

【歌詞考察】稲葉曇『ラグトレイン』

言葉を探す各駅停車の旅

『ラグトレイン』は、稲葉曇(いなばくもり)が手掛けるボカロPとしての代表作のひとつであり、歌愛ユキを使用した楽曲である。この曲は2021年9月5日にリリースされ、独特のメロディと切ない歌詞で多くのリスナーの心をつかんだ。本論では歌詞の意味を考察しながら、この曲に秘められたメッセージを読み解いていきたい。

失くした言葉を探す旅

まず注目してほしいことがある。『ラグトレイン』の歌詞には「失くした言葉を知らないならポケットで握りしめて」という一節が登場するのだが、これを字義通りに解釈してみよう。失ったはずの言葉を「知らない」のであれば、それをポケットの中で握りしめていることになる。知らないはずなのに、それを握りしめる。この矛盾した表現が意味するのは、「失くした」ことそのものを忘れないようにする、という心情だろう。つまり、言葉自体をすぐに見つけるのではなく、「失くした」という事実を握りしめたまま、ゆっくりと探す旅に出ることが大切なのだ。

この解釈を補強するのが「失くした言葉はそのままでいいよ。揺れる列車に身を任せてほしいから」という歌詞である。ここでは「失くした言葉」はすぐに取り戻すものではなく、そのままの状態であってよいとされる。そして、焦らずに各駅列車に揺られながら、言葉を探せばよいのだというメッセージが込められている。つまり、『ラグトレイン』は「すぐに答えを出す必要はない」と説く楽曲であることがわかるはずだ。

夢を諦めきれない心理

ところで『ラグトレイン』は、夢を叶えようとしたが挫折した人間の葛藤を描いているというのは改めて提示しておきたい。

「あがいた夢を捨てて」「あがいた息を捨てて」というフレーズに象徴されるように、夢の実現に向けて必死に足掻いたものの、結局それを手放そうとする。

しかし、歌詞の視点を追うと、歌い手は駅のホームにとどまっている。「夕方の駅のホームは込み合って」という描写から、すでに改札を通った後であることが分かる。そして、「自動改札は待ってくれと言っている」という部分を考えると、これは駅を出ること、すなわち夢を諦めることに対する心理的抵抗を表している。

つまり、列車に乗ることで夢を追う旅に出るか、それともホームにとどまり続けるかという葛藤の中で揺れているのだ。

このように、駅のホームは「夢を叶えるための道程」を象徴する。列車に乗るという行為が「再び夢を追いかけること」を意味し、逆に駅から出ることが「夢を諦めること」を示唆する。歌い手がずっとホームに立ち続けているのは、完全に諦めることもできず、しかし前に進む勇気も持てない状態を反映している。だからこそ、この楽曲は「諦めようとしても諦めきれない」心理をリアルに描写しているのだ。

ネガティブ・ケイパビリティと時代性

この曲が発表されたのは2021年。SNSの発展とともに「即断即決」が求められる社会が加速し、「行動しなければ置いていかれる」というプレッシャーが強まっていた時代である。そんな中、『ラグトレイン』が提示するのは、まさにネガティブ・ケイパビリティの概念だ。

ネガティブ・ケイパビリティとは、「すぐに答えを求めず、不確実な状況を受け入れる力」のことを指す。『ラグトレイン』の歌詞は、まさにこの考え方に基づいているのではないだろうか。「失くした言葉をすぐに見つけなくてもいい」「焦らずに列車に揺られながら探せばいい」というメッセージは、「決断を急がなくてもいい」「夢を諦めるかどうかを簡単に決めなくてもいい」という態度を示している。

また、「各駅列車」という比喩も重要だ。新幹線のように最短距離で目的地に向かうのではなく、途中下車しながら進んでいくことを肯定する。これは「すぐに答えを出さなくてもいい」「プロセスを大切にするべきだ」という価値観を象徴している。そして、この考え方が2020年代の若者に支持されたことは、現代の焦燥感へのアンチテーゼとして機能したことを示している。

まとめ

『ラグトレイン』は、夢を追うことの葛藤と、それに対する新しい価値観を提示する楽曲である。「失くした言葉」を焦らず探し続けることを肯定し、夢を諦めきれない心理を象徴する駅のホームに立ち続けることで、その迷いをリアルに描く。そして、2020年代に広がる夢や目標のための「即決・即行動」という風潮に対して、ネガティブ・ケイパビリティという形で「焦らなくてもいい」「途中下車しながら進んでもいい」というメッセージを投げかける。これは、決断を急ぐ社会に対する一つのカウンターとして、多くの人の共感を呼んだのではないだろうか。